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日本デザイン論 伊藤ていじ著 読後感

『日本デザイン論』 伊藤ていじ著 読後感

学生の時に一度読んだ本であったけれど、何一つ記憶に残っていなかった。二十代の頭脳には難しすぎたのかもしれない。

日本では曲線は直線が変化したものであると考える、どちらも撓み尺(たわみじゃく)という道具を使って描く。それに対して西洋では曲線と直線は別のもので対立関係にある。それはそれぞれ違う道具を使って描くことから解ると日本文化と西洋文化の違いを伊藤ていじは  端的に表現している。

著者はワシントン大学で強靭を執っているときエスタティック・トライアングル(esthetic triangle)(美の三角形)という造語を作っている。これは石組や生け花の技法である天地人を表している。

西洋では左右対称の二次元的な静的な調和を図ろうとするのに対し、天地人では三次元の空間の中で非対称的な動的な力の均衡をとろうとする。(破調)。このように西洋と日本での美学原理の違いについても言い当てている。又日本建築の空間を説明するのに間(imaginary space)と物理的空間(physical space)という概念を使わないと説明できないと言っている。

そして、違った時代に発生した様々な様式の並立共存は日本文化全体にわたる非西洋的な特色の一つである。・・・・・それは前様式の否定と克服という形で生み出されたものでなかった。否定と克服を知らなかった日本の文化が、異質な様式の共存を生み出してきたのである。と言っている。

タウトが高く評価した小堀遠州は数寄屋風の弧逢庵をデザインするとともに、他方では将軍と天皇のための二条城二の丸御殿を建設した。タウトの言うところの相対する様式の建築である。しかしそれらのものが同一のデザイナーの手によるものであることは知らなかったらしい。

日本の文化は一言でいえば何でもありの文化だ。何でも取り入れてそれを独自の物に変えてしまう力がある。なんと大らかな文化であると思う。

話はそれてしまうが、ふと日本には「眺める」または「愛でる」文化があるのではないかと思った。詳しく調査したり、研究したわけではないが、そんな気がする。それはある土蔵の改修をやった時だった。改修工事も終盤に近づいたころ、妻側に家紋を付けて母屋から眺めたいという注文があった。この施主はお茶の先生で、生け花や軸にも造詣が深くそのような注文が出たのだと思った。お節句の飾りつけも季節感を眺めることだし、月や庭や池など日本には眺めるものが沢山あると思った。

広辞苑によると、「眺める」は物思いをしながらぼんやりとどこかを見る。ゆったり見るとある。「愛でる」は物の美しさやすばらしさを味わい楽しむとある。

去来する思いに心を遊ばせることも又楽しい。